LancetとBMJ

英国の医学雑誌の2大誌はLancetとBMJBritish Medical Journal)である。世界の中で総合医学学術雑誌でもっとも質の高いとされている4つの雑誌の半分を占める。ちなみに後の2つはNEJM(New England Journal of Medicine)とJAMA(Journal of American Medical Association)である。米国と英国から2誌ずつとなっている。

LancetはBMJよりも質が高いとされているが、逆に学問的過ぎて英国の一般読者はあまり読んでいない。すなわち、Lancetは専門誌、BMJは一般誌なのである。もちろん、どちらの雑誌も質の高い医学研究を掲載するが、読者が飛びつくような内容に偏るという点は否めない。これまた当然だが、両誌とも国際雑誌であるとはいえ、英国国内での話題が優先される傾向もある。

Lancetは1823年に創刊された歴史ある雑誌だが、国民の強い非難にさらされたこともあった。その一つは新3種混合ワクチン(MMR)と自閉症に関しての研究の掲載に関してである。

事件は1998年に掲載されたウェイクフィールド医師という以前お話しした王立フリー病院で働く小児科医の論文が発端である。ウェイクフィールドは論文の中で、MMRのワクチンを受けたことと自閉症の発症が関係あると結論付けた。

英国のマスコミはLancetやBMJの記事には注意をいつも払っているので、この研究は瞬く間に新聞やインターネットの記事を通して取り上げられ、国のMMRの接種率が下がってしまったのである(図)。

これは一大事である。MMRに含まれる麻疹という病気は重篤な病気で、途上国では子どもたちが亡くなっていく大きな原因となっている。ちなみに日本は医療のレベルが高いため、麻疹で亡くなる子どもの数は少ないが、麻疹にかかる子供の数は多く、「麻疹輸出国」として他の国から迷惑がられている。ワクチンには一人ひとりの子どもたちを守るというためということもあるが、麻疹は感染率が高いため、接種率を高めることで国全体を守るという理由が大きい(集団で集団を守るので、接種率を上げることは一人ひとりの子どもを守る以上の効果でみんなを守ることができる)。というわけで、接種率が下がれば、子どもたちの危機である。

それでもワクチンと自閉症の発症に関係があるかもしれないと言われると、親として接種に躊躇するのは当然である。

その後、Lancetの論文を見た臨床医や疫学研究者、新聞記者たちが、本当に関係があるのかちゃんと確かめようと、努力が払われた。その中で、例の研究で使われた方法があまりずさんで、Lancetの編集者はそれを知りながら、論文に注目が集まるであろうことを重視して掲載したことが分かった。

それ以降なされた数多くのしっかりした方法で行われた研究で、この関係(MMR自閉症)は否定されている。2005年の10月にはそれまでなされた研究を集めて検討する論文が発行され、これで一件落着と言ったところであろうか(この研究でも関係は否定された)。

Lancetの名誉のために言っておくが、こういう経過を経て今ではしっかりした編集方針が敷かれていると聞いている。一般的に言ってLancetが質の高い医学研究を掲載してきたのも事実である。ほんの少数の人たちのために名誉に傷がついたことは残念である。一方で、周りのひとの努力でこういう問題が明るみになり、正しい方向に向かったことは頼もしいことでもある。いずれはLancetにまつわる良い話も紹介する。

さて、BMJである。

BMJがここ最近熱心に打ち出しているトピックに利益相反(Conflict of Interst)という概念がある。BMJだけでなく、英国医療界全体にも言えることである。これは診療ガバナンスの動きとも重なってくるが、「利害関係」とも言えるだろうか。

臨床研究する際には研究のすべての段階でできるだけ客観性を保つことが求められる。これは自然科学の根本である。いろいろ議論はあるにせよ、客観性の強い事実の方が信用できるのは事実である。

この際、研究の内容だけでなく、研究者自身にも踏み込んだのが、利益相反という概念である。端的に言えば、ある薬剤の効果に関する研究で、研究の内容がいかに客観的になされていても、その研究者がその薬剤を作っている製薬会社から研究費を得ていたら、その事実はその研究結果を理解する上で重要な要素の一つになる、ということである。

最近は、医療や保健に関する活動で少しでも公的な要素があれば、この利益相反に関して強く問われる。BMJは自ら果たしてこの利益相反が研究結果に影響するかというような研究など(結果は影響するという結論である)積極的にこの概念を浸透させるために熱心に取り組んでいる。

BMJは英国の医療を照準にしているため、英国の医療システムや治療方針などに関しての情報も多い。そのため、単に研究者が読むだけでなく、実際に臨床のみに携わっている医師や看護師、コメディカル、そしてジャーナリストなど、読者の層が広く、多いのも特徴である。LancetよりもBMJを読むという人の方が多い。

Lancetは院生の時に読みまくったなぁ。。。