エピジェネティクス

エピジェネティクス(英語epigenetics)とは、クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子発現が制御されることに起因する遺伝学あるいは分子生物学の研究分野である。

遺伝形質の発現はセントラルドグマ仮説で提唱されたようにDNA複製→RNA発現→タンパク質合成→形質発現の経路にしたがってDNA上の遺伝情報が伝達された結果である。言い換えると、セントラルドグマ仮説における形質の変化(遺伝子変異)とはDNA一次配列の変化であり、事実、遺伝子変異の大半はDNA配列の変化に起因することが実証されてきた。

しかしながら、DNA配列の変化を伴うことなく後天的な作用により変異が生じる機構も発見されている。近年ではヒトゲノムの解読が完了した上、形質発現の調節機構にも研究の中心が移るにつれてエピジェネティクスが注目を集めるようになった。

すなわち従来のオペロン仮説による遺伝子発現の制御はあくまでもDNA一次配列変化により変異が発生する。一方、次に示すような機序に基づく発現制御の変異はDNA一次配列変化と独立してる事象である。

DNA塩基のメチル化による遺伝子発現の変化
ヒストンの化学修飾による遺伝子発現の変化
分子生物学的には、以上の述べてきたような、後天的DNA修飾による遺伝発現制御をエピジェネティクスの学問分野では扱う。

また遺伝学的に見ると、DNA複製と突然変異とによる変異は親と子との世代間の変異である。一方、エピジェネティクスの変異は同一個体内での、部位や個体の発生や分化に関する時間軸上の違いで差を生じる変異でもある。その上従来のDNA配列決定法では、個々のDNAに加えられた後天的な修飾の状況を検出することは困難であったので、エピジェネティクス的な変異が形質発現関与している寄与は過少に評価されてきたとも考えられる。

最近においてはエピジェネティクス的な機序が遺伝子発現に関与している事例も多数報告されるようになってきており、分子生物学上の一大領域を形成しつつある研究の活発な学問分野でもある。

つい先週、ヒトゲノムのメチル化など、遺伝子発現調節に関係する化学修飾を網羅的に解析する国際エピゲノム計画を、世界をリードする40のがん研究機関の研究者が、提唱しました。米国NIHも、このほど開始したがん細胞のゲノムの変化を大規模探索するパイロットプロジェクトで、エピジェネティクスに関する研究にもとりくみます。

エピジェノミクス現象を解析するエピゲノムは、ポストゲノムの本命といえそうです。

エピジェネティクスは、身近な問題と直結しているため、一般の人の関心も今後たかまりそうです。父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子のいずれが、その子で機能するかがわかってきた遺伝子が40ほどを数えるほどになりました。「三毛猫の模様はどう決まるのか」という副題をつけた国立遺伝学研究所の佐々木裕之教授の著書「岩波科学ライブラリー101 エピジェネティクス入門」も話題になっているそうな。